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2008年8月27日 (水曜日)

軽率発言

 ■手塚治虫さんとの不思議な縁

 --「零士」のペンネームの由来ですが


 松本 「終わりなき侍」、「無限大の侍」という意味です。本名は松本晟(あきら)、日のごとく成るという字なんですが、誰もこの字を読めなかったんです。最初はひらがなの「松本あきら」でやってたんですが、何となく迫力がない。そこで、ペンネームにしようと思って、父に相談したんですが…。


 --お父さんは何と?


 松本 「親が付けた名前が一番いいのじゃ」と。一生懸命考えましたよ。「武士」の「士」も「あきら」と読む、と言って父をなだめ、それから「終わりなき」「無限大」という意味をもつ「零」をあわせて「零士」にしました。20代前半のころでした。


 --大事なところで、お父さんの影響がうかがえます。生い立ちから教えてください


 松本 出身は福岡の久留米です。父が陸軍で飛行機のテストパイロットをやっていた関係で、兵庫県明石市の航空機メーカーの社宅に住んでいたこともあります。


 --明石には何年ほど


 松本 4~6歳の3年ぐらいだったと記憶しています。社宅のすぐ裏手にあった明石公園が私の遊び場で、木に登ってよく昆虫を捕まえていました。


 --マンガを描くことになったきっかけは


 松本 デビュー作の「蜜蜂の冒険」を描いたのは15歳のときでしたが、きっかけは明石時代の昭和18年、姉に連れていってもらった「くもとちゅーりっぷ」という映画でした。昆虫を擬人化した日本初のミュージカルアニメーションで、もともと虫が好きでしたから、強烈に印象に残ってまして。「みつばちマーヤの冒険」の物語をベースに、「くもとちゅーりっぷ」が混ざったようなマンガを描いて、マンガ雑誌のコンテストに応募したんです。


 --それが入選した


 松本 はい。で、そのときの審査員が手塚治虫さんだったんです。私より10歳年上で、当時25歳でした。5年ほどたって、手塚さんから「どうして『くもとちゅーりっぷ』みたいなマンガを描いたのか」と聞かれましてね。「明石で観たんです」と言ったら、「えっ、俺も明石で観た」と言うんですよ。


 --不思議な縁ですね


 松本 そうなんですよ。当時、あの映画は1週間しか上映しておらず、手塚さんは日曜日に観に行ったそうです。私は姉に連れられてですから、行けたのは学校が休みの日曜日しかありません。だから手塚さんと私は、昭和18年の同じ日に観に行っていることになります。同じスクリーンをにらんで、ともにアニメーションに向けて火がついたわけです。不思議な出会いがもうすでにその瞬間にあったんですよ。


 --そういうことが本当にあるんですね


 松本 同じような「偶然」はまだあります。石ノ森章太郎さんは、なんと同年同月同日生まれなんです。私は科学万能主義者ですが、手塚さんといい、石ノ森さんといい、これは運命としかいいようがありません。(聞き手 溝上健良)

2008年8月26日(火)15時49分配信 産経新聞

 このニュースは、連載シリーズだったのですね。
ペンネームの由来、以前、何処かの出版物で、まったく違うことを述べていたのを読んでいますが。
確か、「午前零時の侍(士)」だと。
このニュースを読んで、初めて知りましたが、「士」は、「あきら」と読めるのですね。
ちゃんと、変換が出来ました。
 故・手塚治虫先生、故・石ノ森章太郎先生の名前を挙げていらっしゃいますが、軽率だと思いますが。
おふたりとも、生涯第一線で活躍した、知らない人は居ない漫画家です。
特に、故・手塚治虫先生は、故・石ノ森章太郎先生が憧れた、神様のような人です。
そんな人のことを気安く呼ぶなんて、ご自分を何と思っているのでしょうか。

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