滅茶苦茶
■ムチャクチャだった少年時代
--兵庫県明石市に住んでいたときに漫画家になるきっかけを得たとのことでしたが、その後はどこへ?
松本 昭和19年に父が南方に出撃したので、母の実家のある愛媛県大洲市の新谷村というところに疎開して、そこで小学校に入学しました。
--どんな小学生でしたか
松本 近くの川で泳いだり、ヘビの首を引っこ抜いたり、ハチノコを食いたい一心でクマンバチやスズメバチの巣を襲ったり…。1年生のときから暴れ回っていました。
--ワンパク坊主だったんですね
松本 かなり。ハチノコ以外にも食べられそうなものは何でも食べました。生きたメダカの丸飲み競争なんかも学校の行き帰りにやりましたね。何百匹飲み込んだかわかりません。そんなムチャクチャなことをやっていました。おかげで、植物も含め、食えるものと食えないものの見分けがつくようになりました。
--そして終戦の日
松本 2年生の8月15日、玉音放送のときは川で泳いでいました。すると、メガホンを持ったおっさんが「戦争が終わったぞーっ!」と叫びながら土手の上を走っていったんです。これは家に帰らなきゃ、と家に帰ろうとしたら、あぜ道に座っていた大人たちがみんな動かない。その動かない黒い影が記憶に残っています。
--強烈な光景ですね
松本 で、家に帰ったら、真っ昼間だというのに雨戸が全部閉まってて、中に入ると、ばあちゃんが刀を抜いて正座していました。「どうするの?」と聞いたら、「敵が来たらこれで刺し違えて死ぬ。お前も侍の子なら覚悟せい」と。
--それもまた…
松本 そのときは、「そうか、敵が来たら戦うのか」という程度の理解しかできなかったんですがね。当時、寝るときには先祖伝来の刀も槍(やり)もなぎなたも全部、枕元に並べていたんですが、その意味がわかっていたら、とても家では寝ていられなかったでしょうね。
--その後は
松本 父が無事生還してくれましたので、しばらくは同じ愛媛県内の山の中腹にある父の実家で暮らしていました。父が夜空を見上げて言った言葉が忘れられません。「夜間飛行をしているとなあ、星の海を飛んでいるみたいなんじゃ」。私は実際に星空を見上げながら想像をめぐらせました。「じゃあ、火星人はおるか」と聞くと、「おるかもしらんし、おらんかもしれん」。このときから宇宙とか火星人とかに興味を持つようになったんです。
--だんだんと「漫画家・松本零士」が形作られていくわけですね
松本 珍しい現象も目撃しました。真っ昼間に、雲を突き抜けて火球(特に大きな流星)が落ちてきて砕けるのを2回も見たんですよ。後で天文学者に聞いたら、火球を目撃した例はきわめて少ないとのことでした。(聞き手 溝上健良)
2008年8月27日(水)15時43分配信 産経新聞
本当に、メチャクチャですね。
どこまでが真実で、どこまでが冗談なんか、まったく判りません。
すべて真実とは思えませんからね。
スズメバチの巣を襲ったりなんかしたら、確実に命を落します。
天文学者も。
その「後で」とは、いったい、どのくらい後のことをおっしゃっているのでしょうか。
天文学者も、何処の天文学者なのでしょうか。
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